岡本潤

罰当りは生きてゐる


あなたは一人息子を「えらい人」に成らせたかつた
「えらい人」に成らせるには学問をさせなければならなかつた
学問をさせるには金の要る世の中で
肉体よりほかに売るものを持たないあなたは
何を売らねばならなかつたか
だのにその子は不良で学校を嫌つた
命令と服従の関係がわからなかつた
先生の有難味といふものがわからなかつた
強ひられることには何でも背中を向けた
学校へは上級生と喧嘩をしに行くのであつた
一から十まであなたに逆らふ手のつけられない「罰当り」だつた
その子はあなたを殴りさへした
―― その時その子が物陰で泣いてゐたことを
あなたは知つてゐますか
それでもあなたはその因果な罰当りを天地に代へて愛さずにはゐられなかつた
学校を追はれた不良児は当然社会の不良になつた
社会の不良は「えらい人」が何より嫌ひでそいつらに果し状をつきつけた
「善良な社会の風習」に断乎として反抗した
その罰当りがここに生きてゐる
正義とは何かを摑んで自分を曲げずに生き抜かうとする少数者の仲間に加はつて
警察へひつぱられたり あつちこつち渡り歩いたり
飢ゑて死んでも負けるかと云つて生き通してゐる


お母さん!
あなたが死んで十年
だがあなたの腹から出てあなたを蹴つた罰当りの一人息子は
此の世に頑然と生きてゐます

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